最近、「ファストPR」という言葉を目にする機会が増えました。
PR会社大手のベクトルグループさんが提唱するこの手法は、端的に言えば「広告ではなく、コンテンツとして映像を届ける」という考え方です。AIを活用して制作コストを抑え、大量のショート動画をすばやく投下し、アルゴリズムの反応が良いものを選別して一気にリーチを広げる。BtoCの消費財やトレンド商品など、広く早く届けたい場面では非常に有効なアプローチだと思います。
ただ、こうしたPR型のショート動画が市場に溢れ始めたとき、何が起きるか。「役立つ情報」という体裁のコンテンツが大量に生まれ、どれも似たようなフォーマットで、似たような結論が提示される。コンテンツが飽和すると、個々の差別化にはならなくなります。
私たちが日々感じるのは、「伝わる」と「記憶に残る」は別のことだということです。メッセージは伝わっても、ほとんどは翌日には忘れている。一方で、数秒のカットがずっと頭に残るような映像もある。
この違いを生むのが、以前当ブログで書いた「情報性」と「演出性」という二つの軸です。ファストPRが主に担うのは情報性、つまり広告色を消して有用な情報を届けること。でも、大量のコンテンツが同じ方向を向いたとき、差がつくのは演出性のほうです。
誤解のないように言えば、ファストPRを否定しているわけではありません。ただ、役割が違います。
まだ誰も知らない新商品を短期間で認知させたいなら、数を打ってアルゴリズムに乗せるのが合理的です。一方、省庁の政策を正確かつ親しみやすく伝えたい、まだ竣工していないビルの価値を映像だけで伝えたい、といった場面では、1本の映像に込める情報設計の深さと演出性が結果を左右する。両者を組み合わせて、ショート動画で認知を広げつつ、設計された映像でブランドの価値を深く印象づけるという使い方もあります。
大切なのは「どちらが正しいか」ではなく、「いまこの案件に必要なのはどちらか」を見極めることです。
以下、私たちが「質×設計」でお手伝いした事例をふたつ紹介させてください。
ファッション業界が地球に与える環境負荷の実態を伝え、企業・消費者双方にアクションを提言するプロジェクトです。
課題は大きく三つありました。膨大なデータや調査結果をどう伝えるか。環境問題に関心の薄い層の目をどう留めるか。そして、ファッションを扱うコンテンツにふさわしいモダンなテイストをどう両立するか。
まず取り組んだのは、情報の棚卸しと役割分担の設計です。伝えたいデータが多岐にわたるため、映像で概要を1分半に凝縮してメッセージの核を届け、詳細なデータや具体的アクションはランディングページで網羅する。共通のデザイントーンで両者をつなぐことで、視覚的な一貫性を保ちながら制作コストも抑えました。
ビジュアルの設計では、「省庁の情報発信」にありがちなお堅い印象を避け、中立性とモダンな洒脱さの両立を目指しました。「なんかオシャレ、なんかわかりやすい」で二度見してもらう。見てもらえなければ何も伝わらないので、まず目に留まることが情報発信のスタート地点だと考えています。
仕上がりに対しては「省庁の情報発信として画期的」というお言葉をいただき、現在も継続して更新や追加コンテンツの制作をご依頼いただいています。
新開発ビルに備わる発電プラントを中心に、街が震災に強く安心安全な街へと進化する様子を解説する映像です。
この案件の難しさは、まだ存在しないものを映像にするという点でした。竣工前のビル内部や未来の街のイメージを描きたい。さまざまな情報を統一感ある映像で伝えたい。
表現手法の選択として、アイソメトリック図法を活用したイラストベースのモーショングラフィックをご提案。イラストならではの自由度で、情報の正確性を担保しながら抽象度を適切にコントロールする。「この映像を観た人に、どんな印象が頭に残ってほしいか」を起点にテイストやカラーリングを設計し、流れるような展開で単調にならない演出を組み立てました。
日本橋の映像をお納めした後、豊洲、八重洲と続けてご依頼いただき、さらにフォトリアル3DCGを用いた解説映像の制作にも発展。継続してご依頼いただくことで構成や情報設計も洗練が進む。そういう関係性のなかで映像の質が上がっていく手応えがあります。
いずれも「量」ではなく「印象的な発信」で成果を出し、「ああいうコンテンツを作りたい」とお問い合わせをいただくことが多くなっております。
映像制作は「頭を動かすパート」と「手を動かすパート」に分かれます。編集やモーション制作といった手を動かすパートは、AIの進化によってどんどん速く安くなっていく。
でも、複雑かつ難解な情報の中から本当に効果的な表現に落とし込む判断、視聴者が理解しやすい文脈で構成を設計する過程、「どんなイメージが印象に残ってほしいか」からビジュアルコンセプトを逆算する工程。ここはまだ人間の仕事です。
そしてこの工程を省いたコンテンツは、どれだけ量を投下しても記憶に残らない。逆に、ここに時間をかけた映像は、一本でも確実に届きます。
速さの時代だからこそ、そこに丁寧に向き合う面倒くさい奴がいてもいいのではないか。その価値はむしろ高まっていくのではないかと考えています。
「量で獲る認知」と「設計で残す記憶」、どちらが必要かは案件によって違います。「情報を正確に、でも印象的に伝えたい」という課題をお持ちでしたら、ぜひお気軽にご相談ください。
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株式会社imagenic代表。映像ディレクター/アートディレクター。
各省庁や大手企業のプロモーション映像の他、ウェブサイト等情報発信コンテンツの企画制作を多数手がける。情報設計から企画・構成、演出・グラフィックデザイン・モーショングラフィックや3DCG制作などまで一貫して担い、難解な概念やメッセージ、目に見えない価値などを「観れば伝わる」映像に翻訳することを得意とする。
直感に訴えるビジュアルの演出性と情報性を用いて、クライアントの課題解決に貢献することをミッションとしている。
Apr 24, 2026 | Category:journal

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